松井今朝子 吉原手引草

    Author: 立花家蛇足 Genre: »
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    作者
     松井今朝子

    題名
     吉原手引草

    出版社
     幻冬舎

    出版社による梗概
     廓遊びを知り尽くしたお大尽を相手に一歩も引かず、本気にさせた若き花魁葛城。十年に一度、五丁町一を謳われ全盛を誇っていたまさにそのとき、忽然と姿を消した。一体何が起こったのか? 失踪事件の謎を追いながら、吉原のすがたを鮮やかに描き出した、時代ミステリーの傑作。選考委員絶賛の第一三七回直木賞受賞作。


    定価
     新書版 本体1,600円+税
     文庫版 本体600円+税
     電子書籍版 本体594円+税

    感想
     松井今朝子ファンの皆様(私を含めてですが)ごめんなさい。感想という割に小説としての感想は載せません。多くの方が語ってらっしゃるので……。

     当時の吉原案内としての評価がメインです。
     この作品の時代背景ですが、不明です。十返舎一九(天保2年、1831年歿)が出ているかと思えば、水野豊前守忠盈(元禄12年、1699年歿)も登場します。それらに目をつぶりまして、私の専門であります吉原について、この作品の間違いを述べたいと思います。

    ・吉原仲之町に花菖蒲を植えたとありますが、仲之町に花菖蒲を植える風習は安政5年(1858年)5月からです。どう考えても作中の時代と合いません。
    花魁という呼び方は少なくとも享保(きょうほ)年間、1716年以降でなくてはなりません。水野豊前が生きた時代では花魁はこの世に存在しません。
    ・『お職』という言葉をその遊女屋で一番の花魁と説明してますが、『お職』は小見世でしか使いません。大見世や中見世ではこんな呼び方はしません。なぜなら吉原細見に揚代金付きできちんと書かれているからです。ましてや、引手茶屋の女将が使って良い言葉ではありません。どうしてもそれらしい言葉を用いたいのなら『花頭(はながしら)』が良いでしょう。ちなみに品川遊郭では『板頭(いたがしら)』です。
    ・禿(かむろ)の説明が不正確です。幼くして吉原に来た禿は花魁の身の回りの世話はほとんどしませんでした。廓の所作などを花魁に仕込まれることが日常のほぼ全てです。
    羅生門河岸(吉原の東側です)の記述はあっても、そこにあった名物の長屋見世や西側の浄念河岸の記述がありませんでした。片手落ちだと感じました。
    ・『吉原芸者は色を売らなかった』なんてのは嘘っぱちです。色を売る芸者が後を絶たなかったので、二人ひと組が義務付けられました。
    ・その二人ひと組が義務付けられたのは文政13年(1830年)からです。作中の時代と合いません。
    ・『吉原芸者は全て見番に籍を置く』とありますが、見番に籍を置かない女郎屋(見世)お抱えの芸者もおりました。
    ・『女芸者は大門口から一歩も外に出てはならない』もです。大門から出てはいけなかったのは見世お抱えの芸者です。見番芸者は堂々と出て行けました。
    ・役者や絵描きなどは中見世以上には揚がれません。作中堂々と揚がっているのでビックリしました。
    遣り手は酷いように描かれているがそんなことはありません。有能なマネージャーです。吉原細見にも中見世以上はきちんと遣り手の名前が記載されています。
    ・ちなみに引手というのは茶屋だけでなく、吉原の遊女屋以外の商売全てに用いられます。

     吉原について精査していない印象を持ちました。細見などを基にした解説本にのみ頼ったようです。しかも片寄った解説本だと思います。それと歌舞伎由来の知識でしょうが、中途半端です。

    宮城谷昌光の選評を引用します。
    「その構成力に作者の肚のすえかたがまざまざとみてとれる。とはいえ、読者に有無をいわせぬ語りの連続に、私は辟易した。」「作品と読者の距離がありすぎる。ただしその距離に、作者の自尊の高さがある、と感じられるが、それが志の大きさであろうとはいいにくい。」

    /10点 江戸吉原を舞台にした時代小説としての評価は高いです。ですが、ミステリーではないと思います。

    /10点 吉原ガイドとしては使い物になりません。決して作中の吉原に関することを鵜呑みにしないでください。

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